フィナステリドを飲み始めて一年。僕は、明らかに自分の髪に自信を取り戻していた。抜け毛は減り、細かった髪にはコシが生まれ、薄さが気になっていた頭頂部も、以前よりずっと目立たなくなっていた。その効果に安心しきっていた僕は、いつしか心のどこかで油断が生まれていたのかもしれない。転機は、新しいプロジェクトを任され、生活リズムが大きく乱れたことだった。連日の残業、週末の休日出勤。疲労困憊で帰宅し、ベッドに倒れ込むように眠る毎日。これまで日課だった「寝る前の服用」は、いとも簡単に崩れ去った。「今日くらいはいいか」「明日2錠飲めばいいや」。そんな甘い考えが、命取りだった。最初は週に一度だった飲み忘れが、やがて二度、三度と増えていった。そして、飲み忘れが常態化して2ヶ月ほど経った頃、僕は再び、あの恐怖と対面することになった。シャワーを浴びていると、指に絡みつく髪の毛の数が、明らかに増えている。ドライヤーで髪を乾かしても、以前のようなふんわり感がなく、ぺたんと力なく寝てしまう。鏡で頭頂部を見ると、一度は埋まったはずの地肌が、また白く顔を覗かせ始めていたのだ。僕が一年かけて積み上げてきたものが、たった二ヶ月の油断で、ガラガラと音を立てて崩れていく。その現実に、僕は愕然とした。慌てて、再び毎日欠かさず服用する生活に戻した。しかし、一度後退してしまった状態を取り戻すには、さらに数ヶ月という時間が必要だった。この苦い経験を通じて、僕は二つのことを骨身に染みて学んだ。一つは、フィナステリドの効果は、日々の地道な継続の上にしか成り立たない、ということ。そしてもう一つは、「効果が出た後」こそが、本当の勝負だということだ。安心は、最大の敵。AGA治療に「完了」はない。守りの盾を、一日たりとも手放してはならない。僕の髪に起きた小さな悲劇は、この治療の本質を、改めて僕に叩き込んでくれた、痛みを伴う貴重な教訓となった。